風を眺める午後

日中も少し暑くなってきた。
家の中にいても、じわりと熱がこもるような時間帯がある。
だからなのか、今日は風を感じながら歩くのもいいかもしれないと思った。

少し遠回りになるけれど、
なだらかな坂を登って、街の高台のほうへ向かってみる。
広く開けた場所があって、そこに立つと風がよく通る。
特別な景色があるわけではないけれど、
屋根の並びや空の明るさ、
そういったものを見ているだけで、気持ちが静かになる。

足を止めて立っていると、
風が腕や首筋をすっと通っていくのがわかる。
少しだけ目を閉じてみる。
どこかで木の枝がこすれるような音がしていた。

しばらくそのまま風を眺め、
またゆっくりと坂を下る。
どこかに向かっているわけでもないのに、
足取りが自然と商店街の方へ向かっていた。

途中、甘い香りがふわっと流れてきた。
少し焦げたような、でもどこか懐かしい香ばしさ。
目を向けると、小さなたい焼き屋の店先があった。
鉄板の上ではたい焼きがちょうど焼き上がるところで、
店の人が静かにひとつずつ、丁寧に仕上げている。
香りと湯気と、焼けていく音が静かに道に漂っていた。

香りに誘われ、焼きたてをひとつ買うことにした。
紙袋に包まれたたい焼きは、
手に持つとまだ温かく、
持ち帰るまでに香りがずっとついてくる。

すぐに食べてもよかったけれど、
この香りと温もりを、もう少しだけ楽しみながら帰ることにした。

道を折れて、家までの帰り道。
風の通り道が、ところどころにあって、
たい焼きの香りと混ざり合うように鼻をくすぐった。

玄関を開けると、少し空気がひんやりしていて、
それがなんだか心地よかった。
袋の中のたい焼きは、まだあたたかかった。

そのまま台所に向かい、小さな片手鍋を取り出す。
なにか温かい飲みものが欲しかった。
水を少しと、紅茶の葉を少し。
静かに火をつけて、牛乳を加える。

鍋のふちから、ゆっくりと湯気が立ちのぼる。
甘くてやわらかい香りが、部屋に広がっていく。
音はほとんどしないのに、
なにかが変わっていく気配だけが静かに流れていく。

カップに注ぐと、
ミルクティーの色がふわりとひろがった。
砂糖は入れず、スプーンでひと混ぜする。

たい焼きは、袋から出すと、
香ばしさがまた少し強まったように感じた。
温めなおすまでもなく、
手に持った温度と、表面の軽い張りがちょうどよかった。

窓を少し開けて、
テーブルにたい焼きとミルクティーを並べる。
外からの風が、部屋に静かに入り込んでくる。

ひと口。
外側の香ばしさと、内側のやわらかなあんこ。
噛むたびに、熱がやさしく広がっていく。
そのあとにミルクティーを飲むと、
口の中がまろやかに溶けていくような感覚になった。

ただ、それだけのこと。
でも、今日はそれがすごく嬉しかった。

カップの中の紅茶が少しずつ減っていく。
飲み終わる頃には、
風の強さもほんの少しだけ落ち着いていた。

空の色は明るいままだけれど、
時計を見なくても、午後の終わりに近づいていることがわかる。

買ったたい焼きと、
台所の片手鍋と、
いつも通りのマグカップ。
ほんの少し違うのは、
それらを選んだ自分の気分かもしれない。

午後の静けさの中に、
甘さとあたたかさと、風のやわらかさ。
それらが重なったこの時間は、
あとから思い出しても、
きっとしずかに息をしている。



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