朝の空気が、まだきちんと冷たい。
窓の外はうっすらと明るくなってきて、
壁の白さも少しずつ色を取り戻していた。
パンを焼こうと思った。
それと、目玉焼きをひとつと、
コーヒーを淹れるだけの簡単な朝ごはん。
準備の前に、まず湯を沸かす。
電気ケトルのスイッチを押すと、
かすかに小さな音がして、すぐに湯気が立ち始める。
その間に、フライパンを出して火をつける。
油を少しだけ垂らし、
卵をそっと落とすと、
ジュッという音が、朝の静けさを少しだけゆらす。
パンはトースターに入れて、
焼きすぎないように短めにセットする。
冷蔵庫からバターとジャムも出しておく。
電気ケトルの音がすっと静まって、
湯が沸いたことを知らせる。
そのお湯を使って、
小さなドリップポットに移し、
コーヒーを淹れ始める。
いつも使っているペーパーフィルターに豆を入れ、
最初の一滴をそっと注ぐ。
コーヒーがふくらむ瞬間の香りが、
部屋の中にゆっくりと広がっていく。
焼きあがったパンが、
トースターの中で音もなく跳ね上がっていた。
皿に盛りつける。
パンの横に、焼きたての目玉焼き。
黄身はそのまま、
白身のふちはすこしだけカリッとしている。
バターをひとかけ、
その隣に小さなガラスの器でジャムを添える。
カップにコーヒーを注ぎ、
湯気が静かに立ちのぼる。
席に着いて、
まだ熱いパンにバターをのせて、
ゆっくりとナイフを滑らせる。
トーストの表面がかりっと音を立てる。
それだけで、朝の時間が少しだけ深く感じられた。
目玉焼きにフォークを入れると、
黄身が静かにひろがっていく。
パンにのせて、すこしだけジャムを添えてみた。
意外と悪くない味だった。
塩気と甘さがまざって、
コーヒーの苦みがちょうどよく整えてくれる。
食べながら、
目の前のケトルの存在が目に入る。
ステンレスの表面にまだ熱が残っていて、
さっきまで立っていた湯気の気配が、
どこか静かに漂っていた。
コーヒーをひと口飲む。
さっきまでの香りが、
今度は喉の奥まで届いて、
頭の中がゆっくりと起きていく。
食べ終えたあと、
カップの底に残ったコーヒーの影を眺めながら、
しばらくそのままでいた。
道具というのは不思議で、
目立たなくても、
そこにあるだけで
毎日の流れがすこしだけやわらかくなる。
この電気ケトルも、
そういう存在になってきた気がする。
音が静かで、
注ぎやすくて、
湯が沸くのも早い。
それだけなのに、
毎朝この時間が気持ちよく整っていく。
洗いものを済ませて、
器を拭いて棚に戻す。
ケトルのコードをすこしだけ巻き直して、
その隣に置いたカップのぬくもりだけが、
ほんの少しだけ残っていた。
湯気の向こうにある朝。
きちんと整えなくても、
このくらいでいい、と思える時間があった。
▼しずかな時間に馴染むもの▼
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