前の晩は、少し遅くまで本を読んでいた。
夜が深まるにつれて部屋は静まり返り、その静けさのまま眠りについたような朝だった。
窓の外では、風がやわらかくカーテンを揺らしている。空はうっすらと曇りがちで、光は強くない。けれど、どこかしら気持ちのいい湿度がある。
こういう日は、なるべく音を立てずにゆっくり過ごしたい。
体も、心も、ゆっくりと目を覚ましていくような朝。
棚の奥から、手動のコーヒーミルを取り出す。
木の触り心地が手のひらに馴染んでいて、使うたびに少しだけ気持ちが落ち着く。
豆を入れ、ハンドルを握る。
少し重さを感じながら、ゆっくりと回し始める。
静かな部屋に、穏やかな音が少しずつ広がっていく。
粉になっていく豆の香りがふわっと立ち上がる。
この時間が、好きだ。何も考えずに、手を動かすだけで心が整っていく。
今日は深煎りの豆。しっかりとした苦みと、ほんのり甘さを含んだ香り。
湯を沸かしながら、ドリッパーとカップを用意する。
細口のポットに湯を注ぎ、粉にそっと湯を落とす。
ふくらむ豆、広がる香り。
ただそれだけのことなのに、こんなにも朝を整えてくれる。
コーヒーを淹れているあいだに、朝食の支度に取りかかる。
昨日の夕方にグリルしておいた野菜たちが冷蔵庫にある。ズッキーニ、パプリカ、玉ねぎ。
オリーブオイルと塩だけのシンプルな味付けだけれど、焼き目の香ばしさと野菜の甘みがよく出ている。
それをフライパンでさっと温め直す。
パンは、くるみが入った小さなバゲット。
軽く焼いて、表面を少しだけカリッとさせる。バターをのせると、すぐに溶けて甘い香りが立ちのぼる。
お皿に野菜とパンを盛りつけて、コーヒーも淹れ終えた。
窓際のテーブルに運ぶと、外の風がそっと背中を押してくるような感覚がある。
まずはコーヒーをひと口。
深い苦みの中に、やわらかな丸みがある。
手で挽いたせいか、粒がほんの少しだけ不揃いで、その分だけ味に奥行きがある気がする。
次に野菜。
グリルしたパプリカは甘く、ズッキーニはしっとりと柔らかい。
玉ねぎには少しだけ焼き目が残っていて、それがまたパンとよく合う。
くるみの入ったパンは、外側が香ばしく、中はもっちりとしていて、ひと口ごとに心がゆるむ。
それらを交互に味わいながら、食事は静かに進んでいく。
気がつくと、空が少しだけ明るくなっていた。
窓の外の木々が風に揺れている。
テーブルの上に注いだ光が、カップの縁をゆっくり照らす。
何も特別なことはしていない。けれど、「今日をちゃんと始められた」と思える。
この感じを大事にしたくなる。
食べ終えて、食器を片づける前に、もう一口だけコーヒーを味わう。
湯気はもう立っていないけれど、ほんのりとした苦みがまだ残っていて、口の中で静かにひろがる。
ミルを軽く分解して、粉を払っておく。
また明日の朝も、同じように使いたくなるような手入れをする。
道具は、使う人の時間の流れを少しだけ変えてくれる。
手動ミルもそのひとつ。
ただの器具ではなく、“挽く”という動作があることで、朝の気配にゆるやかに接続される。
忙しい日には難しいかもしれないけれど、何もない朝にはちょうどいい。
音が静かで、香りがはっきりしていて、体の動きと気持ちがゆっくりとつながっていく。
その感覚が、心地よい。
▼ しずかな時間に馴染むもの
手動コーヒーミル(コンパクトタイプ)
朝の始まりに、豆を挽く音と手の動きが穏やかな時間をつくります。
コンパクトで扱いやすく、毎日の習慣に静かに寄り添う道具です。

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