昼の気配がまだ残っているうちに、台所に立った。
今日は少し手間をかけて、グラタンを作ろうと思っていた。
特別な日というわけではないけれど、なんとなく、そういう気分だった。
買い物は昨日のうちに済ませてある。
鶏肉と玉ねぎ、じゃがいも、ブロッコリー、チーズ。
冷蔵庫の中に、必要なものがちゃんとそろっていることを確認して、
小さな満足感を感じながら準備に取りかかる。
器は、お気に入りのグラタン皿を使う。
ころんとした形で、厚みがあって、少しだけ重い。
白い釉薬がかかったその表面は、焼き目がきれいに映える。
手に取ったときの重さも、これからあたたかいものが詰まるという予感をくれる。
鶏肉は一口大に切って、軽く塩をふっておく。
玉ねぎは薄くスライスし、じゃがいもは薄切りにして水にさらす。
ブロッコリーは少し小さめに分けて、さっと茹でておく。
まずは鶏肉をフライパンで炒める。
表面が白くなったら、玉ねぎを加えてさらに炒める。
玉ねぎが透き通ってきたら、水を切ったじゃがいもを加え、
バターをひとかけ入れて、全体をなじませる。
火を弱めて、小麦粉を振り入れる。
焦がさないようにゆっくり混ぜて、粉っぽさが消えてきたら牛乳を少しずつ加える。
とろみが出てきたら、塩と少しのナツメグで味を整える。
最後にブロッコリーを加えて、ざっと混ぜる。
グラタン皿にそのまま流し込み、表面をならす。
上からチーズをたっぷりとのせて、オーブンへ。
焼いている間に少しだけ洗い物を済ませて、テーブルの上を整える。
オーブンの中では、チーズが少しずつ溶けはじめている。
表面がぐつぐつと泡立ち、少しずつ焼き色がついていく様子を見るのは、いつまでも飽きない。
香ばしい匂いが部屋の中に広がる。
明るかった空が少しずつ深くなり、
外の光と中の灯りがちょうど交わるような時間帯になっていた。
焼き上がりを知らせるタイマーの音が鳴る。
オーブンを開けると、湯気と一緒にチーズの香りが立ちのぼる。
グラタン皿のふちの方は、すこし焦げ目がついていて、
中のチーズはとろりと、とけながらかたちを保っている。
鍋つかみを使ってテーブルに運び、しばらくそのまま眺める。
香り、湯気、焼き色。
食べる前のこの時間も、食事の一部だと思う。
スプーンを入れると、表面のチーズがやわらかく割れて、下から具が現れる。
じゃがいもがとろりとしていて、鶏肉はしっとり、ブロッコリーは少し歯ごたえを残している。
ひと口すくって口に運ぶ。
熱い。けれど、それが心地いい。
舌の上でやさしく崩れて、いくつかの味が重なってひとつになる。
グラタンは、静かにおいしい。
派手な味ではないけれど、食べるたびに少しずつ満ちていく感覚がある。
飲み物は、今日は白湯にした。
味のないあたたかさが、グラタンの余韻をきれいに流してくれる。
熱を熱で追いかけて、体の芯からあたたまる。
ゆっくりと食べ進めるうちに、外はすっかり暗くなっていた。
部屋の中には、あたたかい香りとやわらかい灯りが残っている。
食べ終わったあと、グラタン皿を洗う前に、
少しのあいだだけ手に持ってみた。
あたたかさが、まだ残っていた。
道具というのは、料理を受け止める器であると同時に、
時間そのものを包んでくれるものでもある。
食事の内容だけでなく、作る前から片付けまでの流れ全体に
すっとなじんでくれるものが、やっぱり使っていて気持ちがいい。
今日もこの皿を選んでよかったと思った。
また近いうちに、なにか別の焼きものを作ろう。
そんなことを考えながら、最後に台所の電気を消した。
▼ しずかな暮らしに馴染むもの
グラタン皿
焼き色も湯気もそのまま受けとめてくれる、頼もしい器です。
一皿のあたたかさが、夜の時間をゆっくりと整えてくれます。

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