昼を過ぎたあたりから、空気がすこしやわらいできた。
午前中の湿気が残ってはいるけれど、扇風機の風が届くようになると、部屋のなかの気配が落ち着いてくる。
今日は、昼ごはんを弁当箱に詰めるつもりでいた。
行くあてもないし、特別な理由もない。
ただ、あのアルミの箱を使いたいと思った。
棚の奥にしまってあった弁当箱を取り出す。
銀色で、角がすこし丸くなっている。
何年も前に買ったものだけど、表面の小さな傷やくすみが、どこか落ち着いた雰囲気をつくってくれる。
蓋を開けると、わずかに金属のにおいがして、それがなぜだか懐かしかった。
冷蔵庫のなかにあるもので、すぐに用意できるものを詰めようと思う。
朝に炊いたごはんをよそって、少しだけ塩をふっておにぎりにする。
にぎりすぎないように、でも崩れないように。
手の中で、形が決まっていく時間が好きだ。
卵を割って、少しだけ出汁を加えて焼く。
丸く巻かずに、ただふんわりとしたかたまりにして、四角く切る。
きゅうりは薄切りにして、少しの塩で浅漬けに。
冷蔵庫に残っていた切り干し大根の煮物を少し、最後にミニトマトをひとつ。
白いワックスペーパーを敷いた弁当箱に、ひとつずつ並べていく。
ただ並べるだけなのに、箱の中がきちんとしていく感じがある。
それが嬉しくて、詰め終えたあとに、しばらく見ていた。
そのまま蓋をして、少しだけ時間をあける。
弁当箱の中で、具材が少しずつ馴染んでいくのを待つような気持ち。
昼の支度をして、食卓の上を軽く拭いて、麦茶を入れる。
あらためて座ると、どこか外にいるような気がした。
日差しが強い日なのに、部屋の中は落ち着いていて、静かだった。
弁当箱の蓋を開ける。
内側にすこし曇りがついていて、そこに光が反射する。
それを布巾でぬぐって、端に置く。
箱の中には、さっき詰めたものが、少しだけ落ち着いたような表情で並んでいる。
手を合わせて、箸をとる。
まずはおにぎりから。
米がすこし落ち着いていて、ほどけ方がちょうどいい。
かむごとに甘みが出て、冷たくなったごはんのほうが美味しいと思える。
卵焼きは出汁がよく馴染んでいて、塩気は控えめ。
浅漬けのきゅうりが口の中をさっぱりさせてくれて、切り干し大根のやさしい味がまた戻してくれる。
トマトをひとつ、最後に食べる。
口の中に残る酸味が、なんだか遠くの夏休みを思い出させた。
食べ終えたあとの弁当箱は、洗いやすくて、乾きやすい。
軽く洗って、布巾の上に伏せて置く。
水気が落ちて、金属の肌がまたさらっとしていく。
特別なことはしていないけれど、今日は食事がすこし違って見えた。
器を変えるというより、時間の使い方が変わったような気がした。
ふだんの食卓もいいけれど、こうして箱に詰めて食べることで、すこし距離をとることができた。
それが、ちょうどよかった。
次は、冷やしたうどんやおかずを詰めてもいいかもしれない。
ピクニックでも、出かける予定もない日でも、あの弁当箱は何も言わずに待っている。
また食べたくなったら、そっと引き出しを開ければいい。
銀色の小さな箱が、静かにそこにいる。
▼しずかな時間に馴染むもの▼
軽くて乾きやすい、昔ながらのアルミ製のお弁当箱です。
ごはんやおかずを静かに包み込み、食べる時間に少しだけ特別な空気を添えてくれます。

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