午後の終わりが近づくにつれて、
部屋の中の光の色が、すこしずつ柔らかく変わっていった。
窓の外の空は、まだ明るさを残しているのに、
カーテンの隙間から差し込む光は、
壁や棚の角をなぞるように、色を淡くしていた。
昼間は少し暑かった。
強い陽射しではないけれど、空気に熱がこもっていて、
窓を開けていても、室内の温度が下がる気配はなかった。
だから、日が少し傾いてくる頃には、
台所の静けさが心地よく感じられた。
夜ごはんは、冷たいものにしようと決めていた。
コンロを使う時間をできるだけ短くしたかったし、
何より、食事の時間が涼やかであればいいと思った。
冷蔵庫からトマトを取り出して、
皮を湯むきし、冷水で冷やす。
その間に、たっぷりの湯を沸かして、
冷凍うどんをひと玉、鍋の中へ。
ゆであがったうどんはすぐに冷水でしめて、
しっかりと水気を切る。
ざるの上に置いたままにしていると、
外の風と、室内の空気が合わさって、
麺の表面が少しだけ乾くような感覚があった。
トマトはひと口大に切って、
器の中で軽く塩をふっておく。
少し置くだけで、味がなじんでくるのがわかる。
ちりめんじゃこは、フライパンで軽く乾煎り。
香ばしさが立ったところで火を止めて、粗熱をとる。
細かく刻んだ青じそを合わせて、
冷たいうどんの上に、すべてを重ねる。
冷蔵庫で冷やしておいたガラスの器に盛りつけると、
その透明感が、夜のはじまりの空気と似ているような気がした。
照明をつけるにはまだ少し早くて、
だけど窓の外は、確実に日暮れに向かっていた。
木のトレーにのせて、
冷たい麦茶と一緒にテーブルへ運ぶ。
椅子に腰かけて、まずは一口、
うどんを箸で持ち上げる。
トマトのやわらかさと、
じゃこの塩気、
しその香りが重なって、
すっと身体に入ってくる。
たくさんの手間をかけたわけではないのに、
口の中に残るのは、すっきりとした満足感だった。
器の表面にうっすらと結露が浮かんでいて、
そのガラス越しの景色が、
夕方の光を淡くゆがめていた。
麦茶を飲み干す頃には、
空の色はすっかり薄くなっていた。
器を下げて、キッチンの流しにそっと置く。
冷たかったうどんの湯気はとうになく、
そこに残っているのは、静かさだけだった。
まだ部屋は明るいけれど、
どこかで切り替わったのがわかる。
昼と夜の境界が曖昧なまま、
ゆっくりとこちらに近づいてくる感じがした。
棚の上に置いてあった、読みかけの本を取り出して、
窓の近くの椅子に腰かける。
風がカーテンをゆっくり揺らすたび、
ページがふわりと浮かび上がりそうになって、
そっと手で押さえた。
しばらく読み進めると、
光の量がほんのわずかに足りなくなってきたのを感じる。
照明をつけるほどでもなく、
それでも、部屋の明るさを少しだけ足したくなった。
テーブルの隅にあるランプに指を伸ばして、
橙色の柔らかな灯りをひとつだけともす。
それだけで、読んでいた文章がもう一段階やわらかくなったように思えた。
気がつけば、器に盛ったうどんの冷たさはすっかり引いていて、
部屋の温度も、さっきよりずっと穏やかだった。
光が変わっていくその時間を、
ただそこにいるだけで感じていた。
食べ終えた器の縁に残る水滴や、
ゆっくりと沈む光の気配が、
今日の夜の始まりを静かに知らせていた。
▼しずかな時間に馴染むもの▼

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