朝は、何かが決まっていなくてもいい時間だと思う。
どこかに急ぐ予定もなく、家の中の光だけで時間の流れを感じるような朝。
カーテンを少しだけ開けて、窓際の空気を確かめる。
そんな日には、あわてて食べる必要のない朝ごはんを、静かに準備して食べたいと思う。
今日はパンにしようと決めていた。
昨日、少し足をのばして寄ったパン屋で、ふわりといい香りのする丸いパンを買っていたから。
トースターのスイッチを入れたら、最初にバターとクリームチーズを取り出す。
冷たすぎないように、しばらく常温に置いておく。
その間に、果物を切ることにした。
メインはパンでも、やっぱり甘いものが少しあると、朝の食卓は豊かに感じられる。
今日は梨を選んだ。
薄く透けるような白さがきれいで、少し固めの食感が好きだ。
果物ナイフを使って、皮をするするとむいていく。
この小さなナイフは、軽くて扱いやすくて、果物を切るときにちょうどいい。
何年か前に買ったもので、特別高価なものではないけれど、切れ味がよくて気に入っている。
梨の果肉に刃が入ると、やわらかく抵抗があり、
切り口からじわっと水分がにじんで、朝の光を受けて小さく光った。
ほんの数切れだけ、お皿にのせる。
それだけで、テーブルの上が少しきれいに整ったような気がした。
パンが焼けた香りが、部屋の空気に混ざってくる。
少しだけ焦げ目がついたくらいがちょうどいい。
パンを割って、バターをのせて、ゆっくりと溶けていくのを見ながらクリームチーズも添える。
バターの塩気とチーズの酸味が交わるところが好きで、スプーンでごく少量ずつのせて味の違いを楽しむ。
朝の飲み物は紅茶にした。
熱いお湯を静かに注いで、しばらく待つ。
ガラスのカップの中で、じわじわと紅茶の色が広がっていくのを見ていると、
慌ただしさから遠ざかっている自分に気づく。
すべてをトレイの上にのせて、テーブルに運ぶ。
パンと、果物と、紅茶だけ。
それでも十分に満ちていると感じられる朝。
パンにバターをのせて、ひとくち。
塩気が舌に広がって、それが小麦の甘さと混ざるとき、自然とほっとする。
果物は最後に食べた。
ひと切れ口に入れると、冷たさと甘さがすっと広がって、
ほんの少し酸味があって、歯ざわりが心地いい。
紅茶と交互に飲むと、口の中がさっぱりとして、またパンが食べたくなる。
そんな繰り返しがしばらく続いた。
途中でふと、果物ナイフを拭いた布の感触が指先に残っていた。
自分の動作ひとつひとつが、丁寧でいられる朝というのは、
あまり多くはないのかもしれない。
でも、それができるだけで、心が静かになる。
すべてを食べ終えてから、カップの底に少しだけ残った紅茶を飲みきる。
それで、今日の朝ごはんはおしまい。
音も言葉もほとんどない時間だったけれど、
果物の甘さや、パンの香ばしさや、ナイフの感触や、
それぞれが少しずつ残っていて、それがいい朝だったと思わせてくれる。
▼しずかな時間に馴染むもの▼
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