朝から少し蒸し暑くて、なんとなく今日は火を使いたくない気分だった。
だから、昼の前に仕込みを済ませておくことにした。冷蔵庫に何かあるだけで、夜がぐっと楽になる。
キッチンに立って、まずは冷蔵庫を開ける。
昨日、帰りがけに立ち寄った小さな直売所で買った野菜がいくつか残っていた。
人参、きゅうり、ズッキーニ。どれも瑞々しくて、手に取ると少し冷たさが残っている。
そのまま食べるには少し物足りないけれど、下ごしらえしておけば、冷たいままでもちゃんとした一品になる。
保存も兼ねて、シリコンの保存袋をいくつか取り出した。
透明で中身が見える。柔らかすぎず、しっかり立つ。そのまま冷蔵庫に並べても収まりがいい。
人参は千切りにして、ごま油とほんの少しの塩で和える。
火は入れない。素材の甘さが残るように。
きゅうりは乱切りにして、軽く塩を振ってしばらく置く。
ズッキーニはオリーブオイルで焼き目をつけてから、レモン汁と白ワインビネガーに漬ける。
切った野菜を袋に入れていくと、まるで色の層を重ねていくような感覚になる。
人参のオレンジ、きゅうりの緑、ズッキーニのやわらかな緑と焼き目の茶。
ラップや容器に詰めるのとは違って、重なり合う断面がそのまま見えるのがちょっと楽しい。
袋の口を閉じて、冷蔵庫の手前に並べる。
きゅうりはすぐにでも食べられそうだったけれど、少し寝かせたほうが味が馴染む。
それまでは少し他の支度をしよう。
今日は、鶏むね肉を一枚だけ使う。
脂身は少なめで、しっとりと仕上げればそれだけで満足できる。
塩と酒をすり込んで、ハーブを少しだけのせて、こちらもシリコン袋に入れる。
空気を抜くように口を閉じて、湯煎する準備をする。
袋のまま、お湯に入れられるというのは意外と便利で、熱の伝わりも均一で失敗しにくい。
火加減を気にせずに済むというのも、日々のなかでは大きな意味を持つ。
弱火で、15分。
その間にテーブルを整える。クロスを敷いて、箸を用意し、カップには麦茶を注ぐ。
じんわりと火が通っていく音を背に、部屋の窓を開けて風を通す。
少しずつ、鶏肉の香りが漂ってくる。
派手ではないけれど、安心する匂い。
火を止めて、余熱で中まで火を入れておく。
袋の外から触ってみると、ちょうどいい柔らかさが伝わってくる。取り出して、しばらく冷ます。
さっき仕込んだ野菜も、ちょうど食べごろだ。
冷たいままでも美味しいし、少しだけ室温に戻したほうが味が立つ。
器を3つ用意して、それぞれの副菜を盛る。
人参はごまの香りが引き立っていて、ほんの少しの塩が素材の甘みを際立たせてくれる。
きゅうりは歯ごたえが残りつつ、じんわりと塩が効いている。ズッキーニは焼き目の香ばしさとレモンの酸味が軽やかで、涼しげな味わい。
そして、鶏むね肉。
袋から取り出し、そっとスライスして盛りつける。
切り口がしっとりとしていて、パサつきはない。表面のハーブがいいアクセントになっている。
全部がそろったら、席に着いて、ゆっくりと箸をとる。
まずは鶏肉からひと口。
やわらかく、じんわりと旨味が広がる。塩気はやさしくて、あとからハーブの香りが残る。
それだけで、今日の食事が整った気がした。
人参は、口の中でシャクっと音がして、あとからごま油の香りがふわっと抜けていく。
きゅうりは少しだけ冷たくて、その温度が嬉しい。
ズッキーニは、焼いた皮の部分に少しだけ弾力が残っていて、噛むたびにじゅわっと汁が出る。
全体に派手さはないけれど、静かに満足できる味。
素材のままでもいいけれど、ひと手間だけ加えることで、体に染み込むような食事になる。
少し多めに作ったから、また夜にも食べられる。
明日も、何かを添えれば、すぐに一食になる。
そう思うと、保存袋に詰めて冷蔵庫に並んでいるあの形が、すでに「安心」のように見えてくる。
食べ終えたあとは、袋を洗う。
角に残った水滴を拭き取りながら、何度も使えるのはやっぱり便利だなと感じる。
色も移りにくく、匂いも残らないから、次は果物でも入れてみようか。
袋を乾かして、くるっと折りたたみ、引き出しに戻す。
また次の料理が始まるまで、しばらくのあいだ、ここで静かに待っていてくれる。
▼ しずかな時間に馴染むもの
シリコン製保存袋(耐熱・冷蔵両用タイプ)
料理の準備も、保存も、冷蔵庫の中まできれいに整う感覚がある。
火を使いたくない日にも、湯煎や電子レンジで頼れるやさしい道具です。

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