商店街のコロッケを持ち帰る日

少し陽がかたむいてきた午後だった。
日差しがじんわりとやわらかくなり、
散歩をするにはちょうどよい空気。
何か特別なことをするつもりはなかったけれど、
外に出たい気持ちがふと湧いた。

いくつかの小さな店が並ぶ通りを歩く。
古くからやっていそうな青果店、魚屋、乾物屋。
ひとつひとつに看板があり、
店先には野菜の籠や手書きの値札が置かれている。
歩くたびにかすかに混じり合う香りや色が、
この道の空気を少しずつ作っている。

その中に、揚げものの匂いがふわっと漂ってきた一角があった。
ほんのり甘くて、香ばしい。
油の熱をふくんだその香りに、
自然と足が止まった。

小さな惣菜屋の店先に、
揚げたてのコロッケがずらりと並んでいた。
ガラス越しに中の様子が見え、
奥では店主らしき人が網杓子を手に、
揚がったコロッケを油から引き上げているところだった。

油の表面に小さな泡が立ち、
ころんとした形のコロッケがきつね色に染まっていく。
衣の表面はきめ細かく、
ところどころでふわっと軽く立ち上がった部分がある。
湯気と一緒に立ちのぼる香りは、
それだけで口の中に温度が広がるようだった。

1個から買えるとのことだったので、
少し迷って2つ包んでもらうことにした。
紙袋を受け取ると、しっかりと温かさが手に伝わってくる。
歩きながら、その温もりを感じていた。

途中、道の端に立つ木々の葉がやわらかく揺れていた。
風は強くないが、確かに動いている。
それが気持ちよくて、
帰り道を少しだけ遠回りして帰ることにした。

玄関を開けると、外の匂いがふっと抜けていった。
台所に袋を置き、冷蔵庫を開ける。
朝に使ったキャベツが少し残っていたのを思い出し、
それを細く千切りにする。
トマトも1つ、きれいな輪切りに。
白い小皿に盛りつけると、色のバランスがなんとなく整った。

味噌汁は朝の残りを温め直すことにした。
豆腐とねぎだけの、あっさりしたもの。
ごはんは、今朝土鍋で多めに炊いておいた分。
電子レンジで軽く温めると、
ふたたび湯気が立ち上がる。

いつもなら器にぽんぽんと並べてしまうところだけれど、
今日は木製のトレイを使いたい気分だった。
買ってからしばらく使っていなかったけれど、
こうして並べると、少しだけ食卓に整った印象が加わる。
別に特別なわけではないけれど、
それだけで落ち着きが生まれる感じがある。

白いごはん、味噌汁、千切りキャベツとトマト、そして揚げたてのコロッケ。
ひとつひとつは地味なのに、
全部そろうと、なんだかしっかりとした夕ごはんになった。

コロッケは紙袋から出すと、まだ表面がほんのり温かい。
箸で割ると、衣がサクッと音を立てて、
中から湯気といっしょにじゃがいもの香りがふわりと立ち上がった。
じゃがいもは粗くつぶされていて、
ところどころに形が残っている。
玉ねぎが小さく混ざっていて、
噛むたびにやわらかい甘さが口の中に広がった。

衣は軽く、油っこさをあまり感じさせない。
揚げものなのに、するすると箸が進む。
ごはんとの相性も良くて、
ひと口ごとに、おなかが静かに満たされていく感覚があった。

千切りキャベツは口の中をさっぱりとさせてくれたし、
トマトの酸味は、あと味に少しだけ冷たさを残した。
味噌汁は、豆腐がやわらかく、
出汁の香りが静かに後を引いた。

食べ終わる頃には、
木のトレイの上に、空になった器が静かに並んでいた。
別に誰かのためでもないけれど、
こうしてきちんと並べて、きちんと食べるというだけで、
どこか心が整っていく。

食器を片づけ、ふきんでトレイをそっと拭いた。
そのまま、何も考えずに湯を沸かし、
温かいお茶を淹れる。

湯気がのぼるのを見ていると、
コロッケの香りが、まだどこかに残っているような気がした。
紙袋の折り目の温かさを思い出しながら、
静かな午後の終わりをゆっくりと過ごした。


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