昼ごはんを食べ終わって、少しのんびりしていた。
外は曇っていて、明るすぎず暗すぎず、静かな空気が部屋に漂っていた。
今日は特に予定もなく、家の中でゆっくり過ごすつもりだった。
何をするわけでもないけれど、こういう日の午後は好きだ。
時計を見ずに動ける時間というのは、それだけで少し特別に思える。
ふと、押し入れの奥にしまっていたローテーブルのことを思い出した。
小さく折りたためる、木製のテーブル。
いつだったか、一人鍋をしたときに出して以来、ずっとしまったままだった。
思い立って、久しぶりに出してみることにした。
軽いので持ち運びもしやすい。
脚を開いて、窓の近くに広げた。
特に理由があるわけじゃないけれど、
いつもと違う場所に座って過ごしてみたくなっただけだった。
ちょうどほうじ茶が飲みたくなって、小さな急須に茶葉を入れる。
ゆっくりお湯を注いで、茶器を温めながら待つ。
こういう動作を丁寧にするだけで、少し気持ちが整う気がする。
お茶請けには、昨日買っておいた和菓子を一つだけ。
うぐいす餅。
冷蔵庫から出して、お皿にそっとのせる。
ほんのり冷たい感触と、きなこの香り。
ローテーブルの上に、お盆を置いた。
ほうじ茶の湯気がゆらゆらと揺れて、時間がゆっくりと進んでいるように感じられる。
湯呑みに口をつけると、少し熱くて、でもそれが心地よかった。
和菓子の甘さとお茶の渋みが、ちょうどよく交互に舌に残る。
しばらくそのまま座っていた。
外からは鳥の声と、風に揺れる木の音だけが聞こえてくる。
ときどき、遠くの車の音が混ざるくらい。
読みかけの文庫本を持ってきて、続きを開いた。
前回どこまで読んだかは忘れていたけれど、数ページ読み返すうちに思い出す。
文字を追っていくうちに、さっきまでの時間の感覚が少しずつほどけていった。
本の内容というよりは、その世界の空気感が心にしみてくる。
何かを学ぼうとか、感動しようとか、そういう気持ちではなくて、
ただ、文字のリズムに体を預けているような時間だった。
お茶がすこし冷めて、湯気が見えなくなっていた。
それでも、湯呑みを持ったときのぬくもりはまだ少し残っている。
読み終えたページにしおりを挟んで、本を閉じる。
そのあともしばらく、ただぼんやりしていた。
何もしていないけれど、何かが流れていった気がする。
そんな午後だった。
テーブルを出したのは、ただの気まぐれだったけれど、
こうして過ごしてみると、たまにはいいものだなと思った。
またしばらくはしまっておくだろうけれど、
また気が向いたら出して使うだろう。
無理に使わなくていいけれど、あってよかったと思える。
そういう道具は、生活の中でじわじわと大事になっていくのかもしれない。
今日はただ、お茶を飲んで、本を読んで、のんびりしただけ。
でも、そういう時間があると、夜を落ち着いて迎えられる気がする。
気が済んだところで、テーブルをたたんでまたしまった。
窓の外はまだ明るいままで、風はやさしかった。
▼ しずかな暮らしに馴染むもの
木製のローテーブル
必要なときだけ出して使える、折りたたみ式のローテーブル。
たまに思い出して使うくらいが、ちょうどよい距離感です。

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