揚げものと、静かな夜

夕方、少し冷たい風が吹くなか、近くの商店街に足を向けた。
通りは静かで、店先の灯りだけがぽつぽつと目に入る。

コロッケ、蓮根のはさみ揚げ、小さな唐揚げをいくつか。
惣菜屋のショーケースには、すでに夕方の名残のような品が並んでいた。
あたたかさがほんのり残る紙袋を受け取る。袋の中からかすかに立ちのぼる油の香りが、風にまぎれて鼻をくすぐった。

帰り道は人が少なく、葉が風に舞って足元をかすめた。
急ぐ必要もないので、ゆっくりと歩く。街全体が落ち着いた色に変わっていく時間帯だった。

部屋に戻り、炊飯器の蓋を開ける。
しっかり炊きあがったご飯がふわりと湯気を立てている。

味噌汁を作ることにして、大根と豆腐、それから小松菜を少し切って鍋に入れた。
火をつけてから、照明を少しだけ落とす。明るすぎないほうが、夜の気配に合う気がした。

器をいくつか並べる。
濃い灰色の陶器皿に、和紙のような薄い敷紙を一枚そっと敷く。
ざらつきのある質感で、ほんのり透け感がある。手触りのある紙を一枚挟むだけで、雰囲気が変わる。

紙袋から揚げ物をひとつずつ取り出し、敷紙の上に置いていく。
丸いコロッケ、輪郭のはっきりした蓮根、そして形の不揃いな唐揚げ。
どれもお店の惣菜だけれど、こうしてひとつずつ並べると、なんとなく整った感じが出る。

ご飯を茶碗によそい、味噌汁を椀に注ぐ。
冷蔵庫に残っていたきんぴらごぼうも、小鉢に少しだけ。
箸置きも添えて、準備が整った。

何か特別なものがあるわけではないけれど、いつもより気持ちが落ち着いている。

席に着いて手を合わせる。

コロッケの衣は少ししんなりしていたが、中のじゃがいもがやわらかく、ゆっくりと口に広がった。
蓮根のはさみ揚げは、歯ごたえがしっかりしていて、噛むたびに素材の味が混ざっていく。
唐揚げは香ばしく、白いごはんとよく合う。

味噌汁をすすると、湯気の温度が顔まわりにやさしく届く。
派手な味ではないが、ほっとする。
味噌の香りが体の内側に届いてくるようで、静かに気持ちが緩んでいく。

器の上に敷いた和紙のような紙は、揚げ物の輪郭を引き立ててくれる。
紙の上に油がわずかに染みていくのを見ていると、不思議と落ち着く。
買ってきた惣菜でも、少し手を添えるだけで、食卓の印象が変わって見える。

ゆっくりと箸を進めていく。
ご飯の甘さや味噌汁の温度が、口のなかを落ち着かせてくれる。
日常の夕飯だけれど、こうして一人で過ごす時間が、静かに心に残っていくのを感じる。

食べ終えたあと、皿の上に残った和紙には、揚げ物のかたちがうっすらと残っていた。
油染みの跡に、食べた順番までも思い出せる。
紙をくしゃっと丸めて捨てる前に、しばらくその跡を見つめてしまった。

食器を台所に運び、お湯でゆっくり洗う。
器を布巾で拭き、棚に戻す。
油の匂いがわずかに残っていたが、それすらも今日は悪くなかった。
皿を片づけたあとのテーブルは何もなく、静かな空間に戻っていた。

ほうじ茶を淹れ、湯呑を両手で包む。
まだ外は冷えているが、部屋のなかには少しぬくもりが残っている。
窓の外を見れば、街灯の下に木の影が揺れていた。

惣菜を並べただけの食卓。
でも、一枚の紙を敷いて丁寧に置いていくという、その動きのひとつひとつが、夜を静かにしてくれたように思う。

静かに整えた食卓の記憶が、夜の空気にゆっくりと溶けていった。

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