午前中から、風がやわらかかった。
梅雨明けにはまだ早いけれど、どこか夏の気配が混ざっている。
窓を少しだけ開けると、湿った空気の中に草の匂いがまじっていた。
部屋の中はまだ少し薄暗くて、扇風機がやさしく回っている。
音楽もテレビもつけず、ただ風と外の音だけが流れていた。
こういう静かな日は、いつもよりも部屋の細部が目に入る。
埃がたまりはじめた棚の隅や、折りたたんだままのブランケット、斜めになったクッション。
ほんの少し整えるだけで、空気が変わる気がする。
でも今日は、掃除をするほどの気力はなかった。
代わりに、花をひと枝だけ飾ることにした。
昨日、スーパーの片隅で見つけた花。
名前は知らないけれど、茎がまっすぐで、葉が少なく、花びらの色は淡い。
いかにもこの季節らしい、凛とした佇まいの一輪だった。
この部屋に合うのは、ガラスの花瓶しかないと思った。
背が高すぎず、口がすぼまっている。
水を少なめに注いでも様になる、小ぶりなガラスの器。
特別な形ではないけれど、どこか静けさをまとっているように感じられる。
棚の上を軽く拭いて、花瓶を置く。
茎を少しだけ切って、水を注ぎ、花をそっと挿した。
透明なガラスの中に、茎と水がまっすぐに見える。
その姿が、なんとも気持ちいい。
花そのものの美しさではなく、
それを受けとめている花瓶の存在が、今はとても心にしっくりくる。
しばらくそのまま眺めていた。
動かないものを見つめる時間は、思考の速度を落としてくれる。
風がふっと吹き抜けて、花がかすかに揺れる。
その揺れが、水越しに少し歪んで見えた。
午後になって、少しだけ陽が差してきた。
ガラスの花瓶に入った水が光を拾って、棚の上に小さな反射をつくる。
それがあまりにきれいで、しばらくじっとしてしまう。
花瓶をもう少し窓の近くに動かしてみる。
光の入り方が変わるだけで、まるで違う雰囲気になる。
家具の影が伸び、壁の色も少しだけ深まって見えた。
こうして何もせずに過ごす時間は、もったいないようでいて、
心のどこかに余白をつくってくれる。
何か大きなことをしなくても、
きれいなものをきれいだと思えるだけで、
その日がいい日になる。
コーヒーを淹れようかと立ち上がる。
お気に入りのマグカップを手に取る。
テーブルには何も置かれていない。
だけど、棚の上には花があって、光が反射していて、風が通っている。
たったそれだけで、午後の時間がすこし整っていた。
コーヒーをすすりながら、花瓶の方に視線を向ける。
花そのものよりも、ガラスの器に目がいく。
何も語らないのに、空気を変える力がある。
ものの存在が、そこにあるだけで気持ちが変わることを、
こういう道具が教えてくれる。
食事の時も、読書の時も、音楽を聴く時も、
ずっと棚の上にあるだけで、空間に静かなリズムが生まれる。
それがきっと、好きなのだと思う。
きちんとした装飾ではなく、
ただ、「ある」ことの美しさ。
そのために選ぶ花瓶は、やはりガラスがいい。
どんな色の花も受けとめ、
どんな部屋にも馴染んで、
季節の移ろいも静かに映してくれる。
夕方、花瓶の水を少しだけ替えた。
そのとき、手にしたガラスが少し冷たくて、
季節の湿度と相まって、なんとも言えない感触だった。
水を足して、花を戻す。
棚に置く角度をほんのわずかに変えるだけで、
花の表情が違って見える。
日が暮れかけ、部屋に灯りをつけた。
花瓶は今、やわらかい電球の下で、少しだけ影を落としている。
その影が、花の形とはまったく違うのが、妙に気に入っている。
今日は、何もしていないのに、心の中に風が通った気がした。
たぶんそれは、花が咲いているからではなく、
それを受けとめてくれる、透明な器がそこにあったからだ。
▼ しずかな時間に馴染むもの
ガラスの花瓶
部屋の空気を少し変えてくれる、静かな佇まいの道具です。
何かを飾るというより、季節の気配をそっと受けとめてくれます。

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