日は暮れて、火が灯る

少し前から、気になっていたものがある。
オイルランタン。昔ながらの灯りの道具。

ずっと家では、電池式の小さなランタンを使っていたけれど、
どこかで本物の火に惹かれる気持ちが消えなかった。
それで、思い切って買ってみた。

けれど、いきなり家の中で使うのはちょっと不安もある。
それなら、まずは外で試してみようと思った。
今日はそんな小さなきっかけで、少しだけ遠くへ出かけることにした。

昼下がり、空はすっかり夏の手前の色になっていて、
強すぎない陽ざしのなか、原付に乗って出発した。

いつもよりも少しだけ走って、町の喧騒を抜けたころ、
川沿いの見晴らしの良い場所にたどり着いた。

人の姿もまばらで、風が水面をなでる音と、草が揺れる音が遠くで重なっている。
原付を止めて、荷物をおろし、木陰のそばに簡易のチェアを広げた。

まずは、軽くお腹を満たすことにした。
朝、家で握ってきたおにぎり。
ひとつは梅干し、もうひとつは塩だけのシンプルなもの。

布に包んだおにぎりは、まだほんのりとぬくもりが残っていて、
外の風に吹かれながら食べると、それだけでちょっとしたごちそうになる。

口の中に広がる米の甘さと、梅の酸味。
ああ、今日はもうこの時間だけで充分かもしれない。
そんな気分にすらなってくる。

次は、温かいスープを作ることにした。
家でカットしてきたじゃがいも、玉ねぎ、ベーコン。
それを小さなクッカーに入れて、水を注ぎ、アルコールストーブに火をつける。

炎は静かで、音もなく、じわじわと湯が沸いてくる。
ふたを開けた瞬間、ほわっと野菜の甘みが広がる香りがして、
一口飲めば、冷えていた体の内側にじんわりと広がる熱。

調味料なんて、塩とほんの少しの醤油だけでいい。
シンプルな味が、今日の空気にはよく合う。

日が落ちはじめた頃、ついにオイルランタンに火を入れる。
芯にオイルが染み込んでいたのか、すぐにふっと火が灯った。

ガラス越しに見える炎は、思っていたよりもやわらかくて、
電池式のランタンにはなかった、揺らぎのある光。

周りはだんだんと暗くなり、ランタンの灯りが手元と少し先を照らす。
ただそれだけなのに、時間がゆっくりと流れはじめたように感じる。

スープの残りを少し飲み、保温ボトルに入れてきたお茶をゆっくりと味わう。
ほうじ茶の香ばしさが、喉をすっと通っていく。

特別なことは何もしていないけれど、
心の奥にたまっていたざわつきが、少しずつほどけていくようだった。

焚き火ではなく、ランタンの小さな火でも、
こうして外の空気と一緒に過ごすだけで、
何かが整っていく感じがある。

帰り道は、また原付でとことこ走る。
ゆっくりとした夜風を受けながら、
この時間の余韻をひとりで抱えて帰るのも、悪くないと思った。

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