静かな朝だった。
まだ夜の余韻が空に残る頃、目を覚ます。
眠り足りないわけでも、特別早く起きた理由があるわけでもない。
ただ、身体が自然と起きてしまった。
外はしんとしていて、風もない。
こういう日は、少しだけ遠くへ行きたくなる。
原付に乗って、朝の街を抜け出すのだ。
今日は、久しぶりにクッカーを持って出かけてみることにした。
最近手に入れた、小ぶりで軽いクッカー。
それに、折りたたみのバーナーと、簡単な食材をバッグに詰めた。
目的は、どこか静かな場所でスープをつくって食べること。
ただそれだけ。
エンジンをかけて、住宅街をゆっくりと走り出す。
道路は空いていて、信号もすぐに青に変わる。
川沿いの道を抜けて、少しずつ海の方へ向かっていく。
6月の朝は、すこし肌寒くて、風を受けると腕に冷たさを感じる。
けれど、それもまた気持ちがいい。
目的地は、小さな岬の上にある休憩スペース。
テーブルとベンチが一組だけ設置されていて、視界の先には海が広がっている。
誰にも会わない時間帯を狙って来ると、そこはまるで自分だけの居場所のようだ。
原付を止めて、静かに腰を下ろす。
朝の海はまだ眠っているかのようで、波もおだやかに寄せては返している。
ゆっくりと準備をはじめる。
まず、折りたたみのバーナーをセットし、クッカーに水を注ぐ。
火をつけると、静かな「ごぉ」という音が立ち上がり、
小さな炎が鍋の底をじんわりと温める。
しばらくすると、水面に細かい泡が立ち上がりはじめた。
食材は、あらかじめカットしておいた玉ねぎ、人参、キャベツ、そして鶏もも肉。
それを順に入れていく。
湯気が立ちのぼり、香りが少しずつ広がっていく。
火の通りを確認しながら、スプーンでそっと混ぜる。
最後に、コンソメキューブと少しの塩を加えて、味を整える。
その頃には、空がだいぶ明るくなっていた。
陽が昇りはじめ、草木にやわらかな光が射し込む。
まだ誰もいない場所で、ただ一人、スープを煮ているこの時間。
ふと、心がほぐれていくのを感じる。
ゆっくりと息を吸って、長く吐く。
頃合いを見て、スープを器によそう。
今日はクッカーのままでもいいと思っていたけれど、
やっぱり器に盛ると気分が変わる。
熱々のスープをそっとすすると、身体の内側からじんわりとあたたまる。
野菜の甘みと鶏肉の旨味がしっかり溶け出していて、思わず笑みがこぼれる。
何か特別なことをしているわけではない。
けれど、自分のために、朝から丁寧に用意して、火を起こして、食べる。
そのこと自体が、心を満たしてくれる。
食べ終える頃には、すっかり気持ちが整っていた。
後片づけもさほど手間はかからない。
クッカーを軽く拭き取り、バーナーを冷まして収納する。
ごみも袋にまとめて持ち帰る準備を整えると、また原付にまたがる。
帰り道は、来たときよりも少しだけ気持ちが軽くなっていた。
変わったのはほんのわずかなこと。
でも、そのわずかな手間と静かな時間が、自分を整えてくれる。
クッカーという道具は、ただの調理器具ではない。
自分にとっては、「静けさを持ち運ぶための容れ物」のように思えてならない。
それがあるだけで、火を起こす意味が生まれ、
その火にあたたまる時間が、日常のなかにしっかりと根を下ろしていく。
暮らしの中に、こんなふうに「自分の時間」をつくる道具がひとつあると、
日々がほんの少し、静かに豊かになる。
▼しずかな時間に馴染むもの▼
ひとり時間に寄り添う、軽量で扱いやすいクッカー。
湯を沸かし、食事を整え、景色を味わう、その全部が静かに馴染みます。

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