湯をわかす場所を探して

午前十時前、曇り空。
雲は多いけれど、雨が降る気配はない。風は穏やかで、空気に少しだけ湿気が混じっている。こういう日は、少しだけ走るのにちょうどいい。

朝に炊いたごはんを少し冷まして、おにぎりを握った。
ひとつは梅干し、もうひとつは昆布の佃煮。どちらも、外で食べるにはちょうどいい塩気がある。手に水をつけて、炊きたてのご飯をひと握り。いつもより少し硬めに握ると、時間が経っても崩れにくい。

小さな保冷バッグにおにぎりを入れ、チタンのマグと小型バーナー、それから茶葉と水をセットで準備する。必要なものは、それだけ。

原付のエンジンをかけると、ひとつ音が増える。それでも、家の中より外の方が静かに思えるのは不思議だった。
あまり遠くへ行くつもりはない。ただ、少し風を受けて、気の向く場所で止まるだけでいい。

家を出てから二十分ほど走った先に、小さな公園がある。
高台にあって、平日はほとんど人が来ない。木のベンチがぽつんと並んでいて、手入れされた芝生の向こうに木立が見える。遊具もないから、子どもの声が響くこともない。

その日も誰もいなかった。
原付を端に停めて、リュックから荷物を取り出す。風はほとんどなく、木々のざわめきもおとなしかった。

ベンチの横に、バーナーとチタンのマグを置く。風防を軽く広げて、その中にバーナーを設置。茶葉は小さなポーチに入れておいた。水は500mlのボトル。全部合わせても、片手で持てる程度の道具だ。

ライターで火をつけると、ふわりと小さな炎が立ち上がる。
チタンマグに水を注ぎ、そっと火の上にのせる。カップの底からゆっくりと熱が広がり、やがて静かな音が立ち始める。

ぐらぐらと煮立てるわけではない。
ふつふつと、底から泡が上がってきて、カップの縁に湯気がまとわりついていく。それだけのことなのに、目が離せなくなる。

そのあいだに、おにぎりをひとつ取り出す。今日は梅干しの方を先に。

手で握った感触がまだ残っている。少し冷めた米は、ひと粒ずつがほどよく立っていて、口の中でふわっと広がる。塩加減もちょうどいい。外で食べると、それだけで味が変わる気がする。

おにぎりを半分ほど食べたところで、湯が沸いた。
火を止めて、茶葉をマグに落とし、そっと湯を注ぐ。玄米茶の香ばしい香りが立ちのぼる。熱いけれど、マグの持ち手はそれほど熱くならない。

チタンという素材は、軽くて丈夫で、直火にもかけられる。それだけ聞くと無機質な道具のようだけれど、実際に手にすると、どこかやわらかい印象がある。無駄のない形と、少しくすんだような質感が、気持ちを静かにしてくれる。

お茶をひと口。
口の中が温まり、気持ちが落ち着く。外で飲む熱いお茶は、それだけで特別なものに感じる。電気ではなく、火で沸かしたという実感が、味にも香りにも少しだけ奥行きを加えてくれる。

おにぎりの残りを食べながら、何も考えずにただ風景を眺める。
人の声は聞こえない。近くで鳥が一度だけ鳴いたけれど、それきりだった。

食べ終わったあと、マグを両手で包み込むように持ってみる。
少しだけ残ったお茶の温度が、指先から手のひらに伝わってくる。軽いけれど、そこにはちゃんと湯が入っていた重さがあって、それがなんとも心地よい。

飲み終えたあとの片づけも簡単だ。
火が完全に消えたのを確認して、マグの中をティッシュで拭き取る。茶葉はポーチに戻して、バーナーと風防をしまえば、もうすぐに出発できる。

ゴミは出ないし、後片づけもほとんどいらない。
だけど、こうして道具を使ってなにかをする時間には、確かな充実感がある。

帰りは少し遠回りをした。
特に理由があったわけではない。ただ、すこしだけ走り足りなかったのかもしれない。

風を受けながら走っていると、頭の中にあったことが、すこしずつ遠ざかっていくような気がする。そうして心が空っぽになったころ、もう一度湯をわかして、お茶を淹れたくなる。

それくらいの軽さで出かけられて、
それくらいの距離感で落ち着ける場所があるというのは、ありがたいことだと思う。

今日使った道具たちは、どれも長く使えそうなものばかりだった。
中でもチタンのマグは、静かにそこにいてくれる存在感があって、特別な気持ちにさせてくれる。

派手なアウトドアではない。
でも、ちいさな火と、手で握ったおにぎりと、沸かしたてのお茶があるだけで、
一日はじゅうぶんに満ちていく。

▼しずかな時間に馴染むもの▼

直火OKのチタンマグは、持ち運びやすさと丈夫さを兼ね備えた道具。無駄のない形と、すこしくすんだ質感が落ち着いた空気をまとっていて、ただ湯をわかすだけの時間がちょっと特別に感じられます。火のそばに置いても気にならない、静かで頼もしい一杯のための器です。

【Amazon】Amazonで見る
【楽天】楽天で見る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA