静かな目覚めの時間

朝の空気が少しひんやりしていた。
寝具の中にいるときはわからなかったけれど、足を床につけた瞬間、
わずかに冷たさが残っていて、目が覚めるというより、
すっと起き上がるほうが自然な感じがした。

カーテンの隙間から、淡い光が差していた。
空はまだ明るくなりきっていないけれど、
部屋の中の輪郭が少しずつ浮かび上がっていくのを感じる。
冷たい水で顔を洗って、タオルで軽く拭いたあと、
いつものようにキッチンに向かった。

今朝は、少しだけ早く起きていた。
特に理由があるわけじゃないけれど、
なんとなく、朝の時間を丁寧に過ごしたい気分だった。

水に浸してあった昆布を静かに火にかける。
沸騰する直前に昆布を引き上げて、削り節をひとつかみ。
そのまま少し火を弱めて、
キッチン全体にふわっとやさしい香りが広がっていく。
この香りが立ち始める頃、
静かな朝が少しだけ温かくなるような気がする。

だしをこした鍋に、大根の薄切りと刻んだねぎを加える。
火を少し強めにして、大根が透き通っていくのを待つ。
だしの色が少し濃くなってきたところで火を止め、
鍋の蓋をして、そのまましばらく置いておく。

それからシャワーを浴びることにした。
湯の温度は少しだけ高め。
肩にかかるお湯の音が、
まだ静かな部屋に小さく響いているのがわかる。

着替えて戻ってくると、
キッチンにはごはんが炊き上がる直前の、
あの甘いような香ばしいような香りが満ちていた。

土鍋の蓋を開けた瞬間、湯気がふわっと立ち上がる。
炊きたてのごはんの匂いは、
それだけで心のどこかが緩むようだった。
しゃもじを差し込んで軽く混ぜると、
底のほうにほんのり焼けたおこげができていて、
その香りがまた食欲をくすぐる。

おかずには、ピーマンとちりめんじゃこを甘辛く炒めたものを用意した。
ごま油でさっと炒めて、醤油とみりんをひとたらし。
炒める音も、朝の静けさの中ではよく響く。
火を止めて器に移すと、
香ばしさの中にほんのり甘さが残って、
ごはんがよく進む味になった。

茶碗にごはんをよそって、
味噌を溶いた味噌汁とともに並べる。
並べた瞬間、なんてことのない朝ごはんなのに、
ちょっとだけ誇らしいような気持ちになる。

椅子に腰かけて、
最初にごはんをひと口。
もちっとした食感の中に、
おこげの香ばしさがほのかに混じっていた。
特別な味つけがあるわけではないのに、
ひと口ごとに、食べることそのものの安心感が積み重なっていく。

味噌汁は、先ほどのだしがしっかり効いていて、
大根がやわらかく、ねぎの香りがそれを包む。
朝の身体にすっと馴染んでいく感じが心地よかった。

炒めたおかずは、主張しすぎない味で、
ごはんの甘さとよく合っていた。
ほんの数分で作ったとは思えないほど、
しっかりと朝の中心に収まっていた。

朝ごはんを食べるという行為そのものが、
身体のどこかを整えてくれているような、
そんな気がした。

食べ終えた器をゆっくり片づけて、
洗い終わった食器を布巾でひとつずつ拭いていく。
手のひらに伝わる温度が少しずつ下がっていくのを感じながら、
今、この時間だけが流れているような感覚があった。

すべてを片づけたあと、
部屋の奥にある小さな椅子に腰かける。
窓からの光は、さっきよりも少しだけ明るくなっていた。
それでもまだ柔らかくて、
朝の輪郭がまだ完全には固まりきっていないような、そんな印象だった。

カーテンが風に少し揺れて、
光の影が壁に映る。
時間がゆっくりと動いているのがわかる。

この感じをうまく言葉にすることは難しいけれど、
炊きたてのごはんの香りと、
だしの効いた味噌汁の温かさ、
そして空気のゆるやかな流れが、
朝のすべてを包んでくれているように思えた。

一日のはじまりに、特別な出来事があるわけじゃなくても、
こうして整った時間を持てたことが、
心のどこかにやさしく残っていく。

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