午後の早い時間、
人通りの少ない路地を歩いていて、
ふと見つけた喫茶店に入ることにした。
看板の文字は少し褪せていて、
入り口のガラス越しに見える中も、
どこか時間が止まったままのような空気をまとっていた。
扉を開けると、小さなベルの音がして、
店内にはゆっくりとした音楽が流れていた。
照明は明るすぎず、
木のテーブルと椅子がゆったりと並んでいて、
空いている席を探すまでもなく、すっとひとつの席に腰をおろす。
テーブルの端に置かれたメニューは年季が入っていたけれど、
そのぶん安心感のようなものがあった。
サンドイッチとブレンドコーヒーを注文すると、
奥のカウンターで静かに準備が始まる気配がした。
窓の外は曇っていて、
日差しはないのに、外が明るく感じられる。
ガラス越しに見える通りには、
時おり人がひとり、またひとりと歩いていく。
それをぼんやり眺めているだけで、
思考も感情も、静かに整っていくようだった。
やがて、コーヒーとサンドイッチが運ばれてきた。
小ぶりな白い皿に、卵ときゅうりのサンドが並び、
その横には薄くバターの塗られたパンの断面が見えていた。
温かみのあるカップには、深い色のコーヒーが注がれていた。
ふと目に留まったのは、そばに置かれた小さなガラスのシュガーポッド。
中には角砂糖がいくつか並び、
光を受けてほんのり白く透けていた。
そういえば家では袋入りの砂糖しか使っていなかったな、
とぼんやり思い出す。
ガラスの器のかたちと、角ばった砂糖の並びが、なんだか印象に残った。
角砂糖をひとつ、トングでつまんでカップに落とす。
それから、小さなミルクピッチャーに入ったミルクを少しだけ注いだ。
濃い色の中に、白がゆっくりと広がっていく。
スプーンでひと混ぜすると、
静かな香りと湯気がふわっと立ちのぼった。
サンドイッチをひと口。
パンはふわっとしていて、
卵の塩気ときゅうりのしゃきっとした歯ごたえが、ほどよく合っていた。
どこか懐かしさのある味だった。
ミルクを加えたコーヒーは、
角砂糖の甘さがやわらかくなじんでいて、
思っていたよりもずっと飲みやすかった。
ゆっくりとひと口ずつ、
静かな時間の中に溶け込んでいくように飲んだ。
他の席にも数人、年齢の違うお客さんがいて、
それぞれが自分の時間を過ごしている。
静かな会話、小さくページをめくる音、
カップを置く音、
すべてが店の中に自然と溶け込んでいた。
食べ終えて少し落ち着いたあとも、
なぜかあのシュガーポッドのことが気にかかっていた。
ただそこにあるだけなのに、
机の上の景色に、やわらかい静けさを添えていた。
今度、ひとつ買ってみようかと思った。
必要かどうかではなく、
あると気持ちが変わる気がしたから。
カップの中のコーヒーが少しずつ減っていく。
飲み干す前に席を立ってもよかったけれど、
今日は最後のひと口まで、きちんと飲み干した。
器の底が見える頃、
ようやく自分の中の時間が次の場所へ向かって動き出したような気がした。
▼しずかな時間に馴染むもの▼

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