風の音に耳を澄ませる

風が通るたび、窓辺の風鈴が小さく鳴る。
その音は決して強くはない。けれど、耳を澄ませば、確かに空間に響いているのがわかる。

まだ朝の早い時間。
窓を少しだけ開けて、ゆっくりと空気を入れ替える。
部屋の奥にまで風が届くように、静かにカーテンをまとめる。
そのとき、ふわりと風が動いて、風鈴がまたひとつ、音を立てた。

その音を聞いた瞬間、どこか遠くの夏がふっと浮かぶ。
子どもの頃、祖父母の家で過ごした夏休み。
木の廊下を歩いた時の冷たさや、扇風機の音、蝉の声。
その中に混じって、いつも聞こえていた風鈴の音があった。

今の暮らしには縁側も蚊取り線香もないけれど、
こうして風が通るだけで、あのころの空気をほんの少しだけ感じられる。

朝食の準備を始める。
冷蔵庫に残っていた野菜を使って、やさしい味の味噌汁を作る。
お椀によそって、湯気を見つめる。

今日も、特別なことはない。
けれど、こうして静かな音の中で、時間がゆっくり流れているだけで十分だった。

風鈴の音は、時間の流れを区切る鐘のようでもある。
朝の支度をするなかで、ふと手を止めるタイミングに。
考え事をしていた頭の中を、静かに中断してくれる存在。

もう少しで昼になる。
食器を洗って、窓辺の植物に水をあげる。
その間も風鈴は、ときどき音を鳴らしていた。
外は暑くなってきたけれど、部屋の中には風が通っていて、それが涼しさに感じられる。

昼が近づくにつれ、部屋の明るさも変わってきた。
朝にはやわらかかった光が、少しずつ強さを増して、床に落ちる影も濃くなっていく。
でも、風の通りは変わらず続いていて、風鈴はときおり小さく音を鳴らす。
そのたびに、暑さの中にひとすじの涼しさが差し込んでくるようだった。

少し手を止めて、窓の外に目をやる。
遠くで洗濯物が揺れているのが見えた。風はここだけでなく、街全体を巡っているらしい。
窓辺の植物もゆらりと揺れ、葉と葉が触れ合って小さな音を立てていた。

昼食の準備を始めるにはまだ早い。
そんなとき、ただ椅子に座って何もしない時間を過ごすのも、悪くない。
風が止むと、部屋は急に静かになる。音がないわけではないけれど、何かがすっと引いていったような空気になる。

そうしていると、また風が戻ってきた。
今度はさっきよりも少しだけ強くて、風鈴が高く響いた。
その音に、少し背筋が伸びる。今日はまだ、たっぷり時間がある。

外は暑くなってきたけれど、部屋の中には一つの涼しさが確かにある。
それは冷房の風でもなく、氷の入った飲み物でもなく、ただ風と音と光が作り出す心地よさだった。

この風鈴も、いずれ秋が近づけば片付ける日が来る。
けれど、それまではこの部屋の一部として、そっと寄り添っていてくれる。
音が鳴るたび、季節のこと、日々のことを少し思い出させてくれるような存在として。

ゆっくりと午後が始まる。
またひとつ、風が吹く。
風鈴が、それに応えるように静かに鳴った。

▼しずかな時間に馴染むもの▼

【Amazon】Amazonで見る
【楽天】楽天で見る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA